2007年3月アーカイブ

vanotica fieldwork exhibition

vanotica fieldwork exhibitionSFCの加藤文俊研究室、通称バノチカが年に一度開いている展示会「フィールドワーク展Ⅲ」。バノチカを知ったのはたしか4年位前で、そのときは遊びの開発をしていたような記憶がある。今回の展示会ではまちで遊ぶ企画がいくつかあるという話をきいていたのだけれど、最近のバノチカの活動がまちづくり(まちの再評価)のほうに力を入れているところを考えると、遊びでまちづくりをするってどんな試みなのだろう?とワクワク。先に一言で言ってしまうと、「会場の全体写真を撮り忘れちゃうくらい、まち遊びに夢中だった」。

まちで遊ぶ企画、ひとつはまちに点在しているあしあとを探してキーワードを組み立てる「vanoSH」。一般的な地図の変わりに連続的なまちの写真を渡されて、その写真の光景からまちを進んでいき、その過程であしあとを探すというもの。地図の変わりに写真というのはあまりない手法で、もうひとつ体験した遊びのほうででてきたGPSの緯度経度をたよりにルートを導き出す手法といっしょに、まちへのアプローチの一手法になりそう。(なりそうだから、このような遊びが提供されているわけだけど。)

歩きながら目で見るまち、地図で見るまち、写真で見るまち、緯度経度で見るまち・・・と全てちがってみえるところになにやらテーマがあって、すべてをうまくつかってまちへのアプローチをつくっていくべきなのでしょうね。

そんなことを思いながらvanoSHを遊び始めたのだけど、普通の一枚の地図が目的地までの線なのに対して、vanoSHで使う地図代わりの数々の写真、一応目的地まで順番どおりに並んでいるのだけれど、点の連続なんです。だから、一枚の写真と自分の足でたどり着いたその風景が一致するとものすごく達成感が生まれる。これがなかなか快感で、歩きながらあしあとを探さなければならないのだけれどそれを無視してどんどんルートを進んでしまう。これを体験するとわかると思うのだけれど、写真と風景の比較に一生懸命になってまち全体をみなくなっちゃう。あそびの途中で自分はまちを楽しんでいるのかなって思ってしまったわけです。写真に集中しすぎて車に轢かれそうになることが多々あったわけだし。

vanotica fieldwork exhibitionもうひとつのあそびは「トリカエル」。ルールが結構複雑で実はあまり覚えていない部分もあるのだけれど、まずはまちに点在するスタッフを探し出して人形のパーツをゲットし、次に散ってしまった他プレイヤーを探し出してパーツの交換をし、自分の人形を完成させる。完成したらGPS端末と最後のパーツの置かれた緯度経度リストが渡されるので、端末に表示される現在の緯度経度ととリストを照らし合わせながら進む…というもの。

他プレイヤーとのコミュニケーションが必須なところがあそびとしてすごくよくできているのだけれど、最後のGPS端末に表示される現在地の緯度経度をみながら、目的地を探すというのがものすごく大変だった。緯度経度は最も小さい点の連続だと思うのだけれど、vanoSHとちがうところが、なんとなくのルートをつかむまでが大変で、なんとなくのルートをみつけてしまえば簡単になるというところ。

まぁそのあたりの比較はともかく、あそびを終えたときに思ってしまったのが、これでまちを楽しめたのかなっていうこと。場所が初めて訪れる自由が丘だったのだけれど、その時点では自由が丘をあまり思い出せない。でも、そんな心配は帰りの自由が丘散策で払拭。帰りに時間があったので自由が丘をブラブラしてみることにしたのだけど、道を覚えてる。してやられたなと。

考えてみたら、子供はまちを覚えるためにまちで遊んでいるわけじゃないわけで、まちで遊んでいるうちにまちを覚え、愛着がわくのだろうなって。これからまちづくり・街の再評価をテーマに研究を進めることになるけれど、もしかしたら、まちづくりのヒントはまちづくりを忘れることなのかもしれません。

SXF@A縮小する都市に未来はあるか?がテーマのShrinking cities X Fibercity @ Akihabaraという展示会、そのトークインに何度か参加してきた。2月4日に行われたトークインのテーマは「住まいとコミュニティ」。

都市がテーマなので、パネリストが建築を専門とすることが多く、話や議論の内容も建築学の話が大半なのであるが、個人的におもしろかったのが都築響一氏の話。建築というよりは芸術というか文化というか、そんな話。

主に普通の学生の部屋、学生が住みやすいようにアレンジした自分の部屋をただ撮って本にしてみたという話がすごくおもしろくて、建築学的に住みよい都市をつくることを目指したこのセッションにどうして氏を呼んだのかと疑問に思うくらいだったのだけれど、文系でミクロな普通の人々や場所に興味がある自分にとってものすごいバックグラウンドになりそうな話をいただいた。

gamingそんな話の内容は、結局のところ現代人に受け入れられるデザインや構造やイメージのある建築をつくっても、大半の普通の人にとっては関係ないものだというスパイスで、確かに会場となったUDXビルは昔の秋葉原のイメージを持っている人にとってはものすごく異質で、私のような今の人にとってもビルの中にいるのはUDXがイメージしたスーツ族はあまり見かけないといったギャップをとらえることができた。

ただ、都市そのものにしても人々が持つ都市に対する文化イメージにしても、時間的にとらえるとゆっくりと変化しているもので、さらに人々自身も時間的にゆっくりと成長し世代を受け継いでいることを考えると、全体的に都市というものは変化するわけで、行き着くところは記録や再構築なのかもしれない。もちろん建築なしでは変化はありえないし、一方で文化の保存なしではあらぬ変化になってしまう。変化を受け入れながら記録そして再構築することが自然であって、なによりも個人的にはおもしろそう。

コミュニティというものを考えたときに、はたしてコミュニティって作為的につくることができるのかなって疑問があって、インターネットの普及からそんなコミュニティの可能性がよく議論されるけれど、人間の内面的な部分で完結するコミュニティはともかく、現実である地域と根付いたオリジナルなコミュニティってどうやってできてきたのかなって。セッションのプリントには「かつて存在していたコミュニティについて考えることがセッションの目指すところである」って書いてある通りに。

とここまで考えてみたはいいものの、2007年度の個人的な研究テーマが「地域に根ざしたウェブ上のコミュニティ」的なもの。取り組む前からそれを否定してしまった気がするけれど、なにはともあれ実現に向けて取り組んでいきたいと思います。

copa Tokyo

copa Tokyoお肉食べ放題のお誘いをいただき、大学の同期と共にブラジル料理のお店「コパ東京」へ。ここはお肉のことをシュラスコと呼び、ブラジリアン・ブュッフェも食べ放題。

度と味の強いブラジリアンカクテルを一杯いただいていると、シェフのかたがおおきいお肉を持ってきて、テーブル前で切りわけてくれる。食べ放題といえばセルフが普通だけれど、ここはどんどんシェフのかたがお肉を持ってきてくれるため、座っているだけでおなかが一杯に。ただし、ブュッフェはセルフ。最初のお肉を味わったら、非日常的なサイドメニューをいただくといよいよブラジル料理を堪能している気分に。

copa Tokyoなかなかおもしろいのが、おなかがいっぱいになったときにアピールする牛のカード。お皿にお肉があってもどんどん切り分けてくれちゃうので、まだいらないよとアピールするときにも使う。

でもお肉の種類がいろいろとあるので、お肉を持ってきたときに「それはいらない」というアクションや、お肉を運んでいるときの「それ欲しい!」というアクションにもちゃんと対応してくれる。

おなかがいっぱいになったら、焼きパイナップルが効く!焼いているのにジューシー、その後またお肉に箸がすすむのです。

コパ東京
http://www.copatokyo.com/

mobile society forum 2007モバイル社会研究所主催のモバイル社会フォーラム「ケータイのある暮らしを考える」へ参加してきた。「モバイル社会のライフスタイルとは」というテーマでプレゼンとパネルディスカッションが行われたわけだけど、ライフスタイルというよりはティーンから若年層あたりまでのケータイ文化論について語られることが多かった。

76世代から始まって私ぐらいの年代までが、パソコンでなんとかする世代・パソコンとケータイを使い分けている世代かなって考えている一方、今のティーンはほとんどをパソコンよりケータイでなんとかしてしまう世代だろうなと思ってる。今回のフォーラムではそんな実情を具体的に確認することができたと同時に、そんな中で考えてみたのがウェブ上での人間関係について。

パソコンでなんとかする世代にヒットしているのがブログやmixiで、ブログとSNSでは基本的に違うものだけど、使われ方は非常に良く似ていて、ブログでのウェブ日記やトラックバック返しという文化から始まり、ウェブ日記はmixi日記へ、トラックバック返しはマイミクへとmixiへの移動が起こった。

そんなウェブ日記の多くの特徴は日常や近況報告を記したもので、ブログにおいては本来のブログとしての特長が生かされていないものではあるけれど、疎遠になっている友人にとっては身近に感じることができるツールとなっていて、久しぶりに再会したときにも話の種になったりして距離を感じさせない人間関係維持のツールとなった。それはたぶん、大学~社会人世代という毎日友人と顔をあわせることがないという特徴から生まれたものだとも思える。

一方、毎日顔を合わせることが多いティーン世代が人間関係を表現できるツールを利用した場合はどうなるのだろうかと。フォーラムのパネリストであった松田氏は人間関係希薄化論と選択的関係論について触れていたけれど、まさにそれが答えだなって。人間関係希薄化論というのは、これまでの人間関係が希薄になりやすくなるというよりは、ケータイの着信拒否であったり、ケータイのメールに返信しないことであったり、勢いでマイミクを削除してしまったり、そういった選択的関係論のことであると言えると思うのだけれど、そういったことを常にせまられているのがティーン世代なのかもしれない、と。つまり、ティーン世代にとっては近況報告のためのウェブ日記や人間関係を維持できるマイミクのようなツールは必要ない、と。(マイミクを備えたmixiが18歳未満の利用を禁じていることもあるだろうけど。)

ウェブ日記の利用の仕方をみるとやはり我々の世代とはちがう。我々の世代とティーン世代のウェブ日記をちょっと比較するだけで明らかなのは、一言でいえば「第三者がみてわかるかどうか」。我々の世代は毎日顔をあわせることが少ないからか、その日の出来事に関係ない友人にもわかるような記述がされるのに対して、ティーン世代は毎日顔をあわせる人が常に同じために主語や目的語の抜け落ちたものが多い印象を受けるわけです。

つまり、我々の世代はケータイ依存というよりはいろんなツールを使ってゆっくりと人間関係の維持を試みているのに対して、ティーン世代はケータイを中心に使っていることやマイミクなどといった人間関係を表現するツールを用いる必要がない環境であることから、ケータイを中心とした流動的な人間関係の構築を常に迫られているのかもしれない。日記でさえ人間関係の構築を意識しなければいけないのだから、それがケータイ依存であるとか選択的関係論であるとかいわれるわけです。そしてその選択から漏れると、瞬時にして文脈を読み取ることができなくなる、と。

Looking Back On My Days

サボりがちなブログの更新を逆手にとって、忘れかけていた先月の日々を今になってふりかえってみます。

方法。最も手軽な日常の記録ということで2005年12月から続けている写真のログ「Flickr」と、2007年から使い始めた「ほぼ日手帳2007」を見返しつつ、部屋で山積みにされている手書きメモやパソコンのデスクトップに放置されたブックマークを掘り起こしながら整理をし、先月の出来事をブログに記録することにしてみます。

ちょうど昨年の3月はBloggingに力を入れていた。Bloggingとは、ウェブ上でひらめいたちょっとしたアイデアをすぐにブログへ記録する行為。今年の3月は「フリカエル」ことで、現実で思い浮かんだちょっとしたアイデアをブログへ記録する試みをしてみたいなと。それも先月の行動を今月記録するという時間差を交えて。

どうして時間差という要素を含めたかというと、もちろんサボりがちだったブログの更新を徐々に復活させていくという動機もあるのだけれど、それ以上に最近はウェブツールの使い分けが難しくなってきている、あるいはわからなくなってきているんじゃないかなと思ったから。

2005年ごろからのブログの流行で手軽な日記として更新する人が増え、2006年にはSNSが流行しmixiのアカウントを得る人が目立った。SNSにも日記を書き込むことができ、日記の更新をブログからSNSへ移行した人も少なくない。そこで日記はどっちで書こうかと悩んだ人、使い分けに苦労した人もいると思う。そしてまたやっかいなのは、ブログやSNSが徐々に個人の利用から小規模の団体での利用へと拡大していて、そうなると団体においての情報をどこに設置したらいいのか、という情報の分散が目立ってきているような気がして。あるいはそうした情報がウェブ上にしまいこまれることで、現実での情報を得る行動が希薄になってきているような気がして。

とりあえずそんなもやもやが今年に入ってから頭の中にあったので、割と自由に身動きができた2007年の2月はウェブで情報収集やデジカメでの記録をしながら、一方で手帳やメモ帳に日記やアイデアを記入することを心がけてみた。今回の「フリカエル」作業の終着点は結局のところブログへの記録ではあるけれど、あくまでも能動的な活動はウェブから離れた現実で思い出すという行為。

ちなみに、バナーには先月から今月までにたまったパソコンのデスクトップ画面を使用。ずいぶん前からデスクトップはゴミ箱アイコン以外は何もない状態を保とうと心がけていたのですが、最近になってたまりがち。大半が写真加工の一時保存とブックマークなのですが、これも「フリカエル」と共に整理していきたいと思います。

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modernomadology...とは、考現学(modernologio)とノマド(nomad)を組み合わせた造語です。
ネットの世界やデジタルガジェットを通じた新しい文化保存学を考案したい…と考えつつ、実際はガジェットのレビューやライフスタイルの実践をご紹介していきたいと思っています。

最近は特に、携帯電話やムービーがおもしろい!携帯電話のムービー機能はいつの間にかビデオカメラ級に迫っており、回線の速度や容量もムービーをメールでストレスレスに送信できるレベルになっています。

modernomadologyではレビューやムービーを中心に、デジタルガジェットとライフスタイルの新しいカタチを提案していきたいと思います。
Author
me2007 もちき しゅんすけ
SFC graduate school
(fklab / vanotica)
arcarna Inc. internship

こんにちは。modernomadologyはまだ立ち上げたばかりのブランドですが、少しずつきちんとしたものにしていきたいと思います。よろしくおねがいします。

2002 年よりウェブ日記、2004年にはMovableTypeにてブログを、2005年にはモブログを始めています。2007年からは弊サイト modernomadologyを拠点とした様々な記録法を実践しながら、コミュニケーションをデザインして行きたいと思います。

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