ネットによる個人の表現とスタイル
26日、大学の同期であるユウ君と卒業式以来の飲みと食事を八重洲にて。
彼とはメディアのことでしばしば話が盛り上がったりするので、こちらとしてもネタを準備していったつもりだったのだけれど、彼が就職したのがテレビ業界ということもあって、どうしてもその業界話の方に興味が行ってしまいました。普段から日常をフォトするクセをつけているのだけれど、それを忘れてしまうくらい。いや、もちろんなかなか聞けない話なのでおもしろかったのですけれどね。
そんな彼が昨日のブログで朝まで生テレビの話題を。テーマがテレビだったようで、テレビ業界に身をおくひとりとして彼のブログにはテレビに関する意見が述べられている。私も「電波利権」の著者である池田氏が番組に出るのを知っていたので、番組をチェックするつもりではいたのだけれど、家に帰ってきたときには忘れてしまっていてチェックできず。
ただ、26日に話してみようと思っていたネタだったので、どちらかといえばネット側に身をおくひとりとして彼にトラックバックを送りながらブログで議論してみようかなって。
映画がテレビによって衰退したようにテレビにもそんな時代が来るのかもしれない。テレビ番組を作る人間にとっては大きな課題だろう。 (ADゆうの奮闘日記)
ブームといえばブームなのかもしれないけど、最近はテレビとネットの話、放送と通信の融合についていろんな議論が展開している。ただ、テレビが急に衰退することはまずなく、消えてしまうこともないというのが議論においての落としどころだろう。それでもテレビの側にとっては大きな課題なんだってことが彼のブログを読んでみるとわかる。
ネットの可能性とひとくくりにするとものすごく抽象的で、なんとなくこう発展していくんじゃないかなって想像はできるけど、本当にそう発展していくのかなって不安を抱いてしまうこともある。ただ、個人的にはネットの発展に平行して個人の表現力が発達するんじゃないかなって思う。昨日の夕刊にも大学での映像を扱う学科が増えている、なんて話題が載っていたけれど、これは映画産業やテレビ産業に貢献するというよりも個人の表現力に貢献するんじゃないかって気がしてならないんです。
メディアについて個人的にはずいぶん前から文字・静止画・音・動画という4つの住み分けをつくっていたのだけれど、最近は文字と静止画、つまりブログだとか写真の個人による表現がネット上で本当にものすごい。音と動画には今のところ編集っていう敷居の高さがあるけれど、次はこれが身近になって、気軽に表現・受信できることがものすごく楽しそうで。
そんなことを想像していると、なんだネットっていうのはテレビと全然違うんじゃないかって考えるようになって。そうなると比較もなにもないんです。もちろんネットで動画を配信することでテレビの代役をこなすこともできるけれど、そうじゃないネットの可能性がものすごくおもしろそう、ということですね。
ADゆうの奮闘日記
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